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Miyako Island
 
宮古島いきもの日記
 
 宮古島をもっと知ろう!!
宮古島には8つの島 (宮古島、来間島、池間島、大神島、伊良部島、下地島、多良間島、水納島)があり、これらを合わせて宮古諸島と呼びます。
 
宮古島 (みやこじま)
  宮古島は、沖縄本島から約310q南西の方向にあります。 面積は159.22平方キロメートルで、沖縄県内では4番目に大きな島です。 (大きな島の順に 1.沖縄本島、2.西表島、3.石垣島 4.宮古島)
宮古島は、サンゴ礁が隆起(りゅうき=もりあがること) してできた島です。 山や川がなく、平らで島の最高地点は115mです。


宮古島の気候は、一年を通して暖かい亜熱帯(あねったい)海洋性気候です。 海に囲まれているため冬も暖かく、夏も海から吹く風が暑さを和らげてくれます。 
年間平均気温は23度、冬の平均気温は18度、平均湿度は79%です。 
夏から秋にかけて台風シーズンで、毎年平均3〜5の台風が来ます。
10月ごろから朝夕が涼しくなり、宮古島には「サシバ(タカ科)の群れ」が飛んできます。
  右の写真は2006年8月、九州から沖縄にかけて、3つの台風が同時に発生した時の衛星写真です。(Photo Courtesy: NASA)
 
  宮古島の人口は約55,000人で、21の小学校、17の中学校、4つの高校があります。
主な産業は、サトウキビとマンゴーなどの果物類や、島野菜を中心とした農業と観光業です。 モズクやアーサ、海ブドウや車えびなどの養殖もおこなっています。
川のない宮古島は地下水に頼っていますが、2001年に完成した地下ダムによって、今の宮古島の人口を支えるのに充分な水を確保(かくほ)することができました。
宮古島から池間島と来間島は、橋でつながっています。 また、伊良部島への橋も2012年に完成する予定です。

宮古島のメインストリートの歩道で、元気に育つバナナです。
 
来間島 (くりまじま)
  来間島は宮古島の南西1.5kmにあり、面積は2.84平方キロメートルの島です。 
宮古島からは、長さ 1,690メートルの来間大橋でつながっています。 
島の人口は約200人で、主にサトウキビとマンゴーの栽培を行っています。 美しいビーチや手付かずの自然の多く残るこの島には、橋で宮古島とつながったことで、多くの観光客が訪れるようになりました。 島には小学校と中学校があり、小学生6人、中学生4人が通学しています。 

 
来間島には、子孫(しそん)や家の繁栄(はんえい)を祈願(きがん)する「ヤーマスプナカ」と呼ばれる伝統(でんとう)行事があります。 
来間島の“島立て(島を人々の生活できる場所にしたこと)”をしたと言われている、3兄弟のそれぞれの本家を中心に行われます。 この行事に参加するため、里帰りをするほど島の人々にとっては、とても大事なお祭りです。
前の年の行事の後に生まれた、赤ちゃんのお披露目(ひろめ)をする「マスムイ」も、来間島の子孫を絶やさず、島を繁栄させるための大切な行事です。

島立て3兄弟の伝説を読む
 
池間島 (いけまじま)
  池間島は、宮古島の北西にある周囲19km、面積2.79平方キロメートルの島です。 自然が多く、島の中央部には“池間湿原”と呼ばれる湿地帯(しっちたい)があります。 
そこには、オカガ二をはじめ多くの希少(きしょう)生物が生息し、渡り鳥の飛来地としても大切な場所です。 沖縄県指定の鳥獣(ちょうじゅう)保護区になっています。 

 
5月から10月にかけて、満月前後の夜に産卵のため道路を渡って砂浜に移動する、たくさんのオカガ二を観察することができます。

島の人々は、小規模ながら農業と漁業を営んでいます。 世帯数(せたいすう)は384戸で、人口は773人。 最近は、少子化(しょうしか)と高齢化(こうれいか)が進んでいます。
 
平成23年4月1日に島の小学校と中学校は統合され、池間小中併置校となりました。 現在小学生が27人、中学生が8人います。

池間島は昔カツオ漁で栄えていました。 
カツオ漁は
1906年に始まり、当時の池間島には多くの人が暮らしていたそうです。 
最盛期(さいせいき=一番栄えていた頃)の1950年代には、14隻の船に450人の漁師が乗り込み、カツオ漁をしていました。 島には8つのカツオ節工場があり、人手が足りない時には、狩俣や城辺から池間島に出稼(でかせ)ぎに来ていたそうです。
1960年代には、小、中学生を合わせて約700人の子どもたちがいました。

 
その後カツオ漁は減っていき、現在一隻のカツオ船が残っているだけですが、今でも池間島は、漁師の島と呼ばれています。


1992年に池間大橋が完成し、多くの観光客が訪れるようになりました。 島の人々が力を合わせ、観光関連事業を発展させるために努力しています

池間島の方言には、独特のリズムがあります。 池間島でおじいやおばあが話をしていたら、そ〜っと近づいて聞いてみてね。 
また池間島のオバちゃんたちが作る郷土料理もおいしいので、ぜひ食べて見て下さい。
 
大神島 (おおがみじま)
  大神島は、宮古島の北にある周囲約2kmの小さな島です。 大神島へ行くには、島尻の港から船で15分ほどかかります。 毎日船で通勤(つうきん)するのは大変なので、宮古島市で働く人たちは島を出なければなりません。

現在島の世帯数は17戸で、人口は27人ほどです。 高齢化(こうれいか)が進んでいて、子どもがほとんどいない状態です。 島の小学校は平成18年、中学校は平成20年から休校になっていましたが、平成23年、3月31日、廃校となりました。
島では農業と漁業が行われています。 
 
大神島はとても神秘的(しんぴてき)な島で、古くから神の島といわれてきました。 島には聖域といわれる場所がたくさんあって、一般の人の立ち入りが禁止されています。 
旧暦6月〜10月に行なわれる祖神祭(ウヤガン)は島民以外見ることができず、司女(つかさめ)が何日も御獄(ウタキ)にこもり、島の豊穣(ほうじょう=農作物や魚がたくさんとれること)を祈ります。 
大神島は開発がほとんどされていないので、美しい自然を楽しむことができます。

また大神島には、キャプテン・キッドが財宝を隠したという伝説もあり、島の神秘性をいっそう高めています。

キャプテン・キッド伝説を読む
 
伊良部島 (いらぶじま) 
  伊良部島は、宮古島から5kmほど北西にあります。 面積は29.53平方キロメートルで、島の最高地点は牧山の88.8メートルです。 

人口は約6,000人で、農業と漁業を営んでいます。 平成17年10月1日、伊良部島は合併(がっぺい)により宮古島市になりました。

伊良部島の佐良浜でカツオ漁が始まったのは、1909年です。 最盛期には83隻のカツオ船が操業し、宮古島からはるか南の海まで漁に出ていました。 現在は3隻のカツオ船が残っています。 
 
1982年には、当時の伊良部島漁協により国内ではじめてのパヤオ(浮き漁礁が)6基が伊良部島沖に設置されました。  
パヤオでとれるカツオやマグロは、宮古島の漁獲高の5割をしめ、宮古島の水産業に大きく貢献しています。 

沖縄県内でも伊良部島だけで行われている伝統漁が、「アギヤー」と呼ばれるグルクンの追い込み漁です。 この漁は、明治時代に糸満の漁師さんによってはじめられました。 漁師さんが海にもぐり、横一列に並んでグルクンの群れを遠くから大きな袋網に追い込みます。
以前は沖縄の全地域で行われ、最盛期の1981年には県全体で1244トンの漁獲量がありました。  2011年の漁獲量は75.1トンになりました。その内の約50% の37.5トンが伊良部島の「アギヤー漁」で取れたものです。 
2008年ごろから後継者が少なくなり、現在伊良部島で「アギヤー漁」をしているのは14人だけになりました。(2012年2月現在)
 
伊良部島は渡り鳥、サシバの島として知られています。 毎年10月頃、約2万5千羽のサシバの群れが東南アジアに行く途中、宮古島で休憩しますが、そのうちの9割が伊良部島にくるそうです。

伊良部島で古くから伝わる伝統行事に、女性が中心となって行うユークイ(豊年祭)や男性が中心になって行う、「ミャークヅツ」
があります。

島には小学校2校(生徒数あわせて290名)、中学校2校(生徒数あわせて147名) と高校1校(生徒数152名)があります。


宮古島からフェリーで約15分の
伊良部島には、多くの観光客が訪れ、ダイビングや美しいビーチを楽しみます。
2006年には、宮古島と伊良部島とを結ぶ伊良部大橋の工事が始まりました。 この橋は全長3540mで、2012年完成の予定です。

 

下地島 (しもじじま)
 

下地島は伊良部島のすぐ西隣(にしどなり)にあります。 島の面積は9.65平方キロメートルで、人口が約65人の小さな島です。 

下地島は、航空写真や地図で見ると伊良部島とつながっているように見えますが、2つの島は川のように細い水路(40mから100mの幅)で分かれています。 伊良部島とは6つの橋で繋(つな)がっています。 

3000メートルの長い滑走路(かっそうろ)を持つ下地島空港は、日本でただ一つのパイロット訓練施設(くんれんしせつ)です。

 
下地島は、独特の漁法「魚垣」(ながき)が有名です。 これは、遠浅(とおあさ)の干潟(ひがた)に石を積み上げておき、満潮時(まんちょうじ)に迷い込んだ魚を干潮時(かんちょうじ)に捕まえるという、とてもおもしろい漁法です。

地元の人たちは、これまで漁垣を大事に保護してきました。 今でも使用可能なので、島を訪れる観光客の人たちも、漁垣を使った漁業を体験できます。 
魚垣(ながき)は、下地島の有形文化財になっています。

この島には、古くから神話の伝わる「通り池」と言われる神秘的な池があり、ダイビングスポットとして人気があります。

通り池伝説を読む
 
多良間島 (たらまじま)
  宮古島の約67キロ西側にある多良間島は、東西8キロ、南北6キロの島です。 島全体が隆起(りゅうき)したさんご礁でできています。  山も川もない平らな島で、島の周囲は砂浜に囲まれ、さんご礁が発達しています。

多良間島は沖縄県で11番目に大きな島で、総面積は約19.75平方キロメートルです。 島でいちばん高い場所は、北部にある八重山遠見台(とうみだい)の32.8mです。
多良間島の8km北側には、水納島(みんなじま)があります。

平成24年度の島の世帯数は528世帯で、人口は1275人です。 サトウキビを中心に、葉タバコや野菜栽培を行っています。 多良間島は沖縄で一番の黒糖の産地です。
  また畜産業も盛んで、肉用牛が生産されています。 ヤギもとても多く、島おこしの大切な動物となっています。 島の特産品として、多良間産黒糖やパナパンビンがあります。

島には小、中学校が一校づつあり、112人の小学生と64人の中学生がいます。
多良間島には、国指定重要無形民族文化財の「8月踊り」や「スツウプナカ」と呼ばれる伝統行事があります。

多良間島の写真の上の方にある小さな島が、水納島です。
  宮古島から毎日3便の飛行機が出ていて、多良間島までの飛行時間は約25分です。 またフェリーも運航していて、多良間島まで2時間くらいで行けます。
 
水納島 (みんなじま)
  水納島は、多良間島の8kmほど北にあります。 面積が2.15平方キロメートルの小さな島です。
かつては多くの人が住んでいましたが、水不足や高齢化(こうれいか)が原因で次第に人口が減り、現在では島の管理をする人が時々出入りするだけのようです。 
   

 
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