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ピンザアブ洞人
宮古島のピンザアブ洞人

 
1. ピンザアブって、何ですか?
 
ピンザは宮古島の言葉で「ヤギ」、アブは「洞窟(どうくつ)」とか「洞穴(ほらあな)」の意味です。
 
2. ピンザアブって、どこにあるの?
  宮古島の上野字野原(のばる)にあります。
 
3. ピンザアブはどれくらいの大きさですか?
 
入り口: 入り口の大きさは、幅 75cm 高さ 125cm と、とても小さいのが特徴(とくちょう)です。
   
長さ: 洞窟の長さは、入り口からいちばん奥まで118m あります。
   
広さ: 洞窟の広さは、入り口から 20m くらいまでは、幅も高さも1m から 1.5m と狭いですが、洞窟の中央部はかなり広く、幅は 4.5m、高さも5m近いところがあります。
また、入り口から 50m ほど奥には、斜め下に向った穴があり、ちょうど2階建てのような構造(こうぞう)になっている部分があります。
 
 
 
4. ピンザアブの調査は、いつ行われましたか? 
  1974年から1989年の間に6回行われました。
 
5. ピンザアブで、何が見つかりましたか?
  1977年から1979年にかけて沖縄県教育委員会が行った調査中に、化石となった動物の骨とともに、ヒトの後頭部の骨の一部も見つかりました。
見つかったのは次のものです。


ヒトの骨: 後頭骨、男性の頭頂骨、女性の腰椎(ようつい)、指の骨、大人の歯、子どもの歯。
     
動物類: ミヤコノロジカ、イノシシ、ヤマネコ、ヤマネズミ、ハタネズミ、ケナガネズミなど10種類。 なかでも、今は宮古島にいないミヤコノロジカの骨がたくさん見つかっています。
     
鳥類: ツル科、シギ科、カモメ科、ワシタカ科、フクロウ属など23種類。
     
爬虫類: キノボリトカゲ、アオカナヘビ、マダラヘビ属、ハブ属、ミナミイシガメ、リュウキュウヤマガメ、セマルコハガメ、スッポン。
 
 
 
カエル類: アジアヒキガエル、ヒメアマガエル。
  (ピンザアブ洞窟で発見されたこれらのヒトの骨と動物の化石は、東京の国立科学博物館の分館に保管されているそうです。)
 
6. ヒトの骨について、何がわかりましたか?
  分析により、この骨が約 25,800年 から 26,800年前のヒトのものであることがわかり、ピンザアブ洞(どう)人とよばれるようになりました。

ピンザアブ洞人は、これまで沖縄県内で発見されたヒトの骨としては2番目に古いもので、最も古いものは沖縄県那覇市の山下町の洞窟から発見された山下町洞人といわれる約 32,000年前のものです。
 
7. ピンザアブ洞人が宮古島に住んでいた時、世界はどのような時代でしたか?
 

ピンザアブ洞人が宮古島に住んでいた時代は、更新世から最終氷河期に入り始めの時代で一般的には旧石器時代。 
縄文(じょうもん)時代に入る 15,000年も前のことです。

 
8. ピンザアブ洞人は、どこからきたのでしようか?
 
研究者たちによって明らかになっているのは、ピンザアブ洞人は旧石器時代に今のマレーシアなどに住んでいたワジャク人と骨格(特に頭蓋骨などの)が同じだということです。

またワジャク人はこの時代に、すでに丸木舟で海上を移動(いどう)することができたと考えられることから、ピンザアブ洞人もマレーシアから丸木舟で大航海をして、宮古島にたどり着いたのかもしれません。
 
9. ピンザアブ洞人の特徴(とくちょうは)には、どのようなものがありますか?
 
ピンザアブ洞人 国立科学博物館などの分析の結果、ピンザアブ洞人は縄文人などとは異なる人種だったようです。  

ピンザアブ洞人の特徴は、インドネシア半島やマレーシア、ジャワ島経由(けいゆ)で宮古島に来たことを裏付けるように、顔立ちはワジャク人の特徴でもある 「オーストラレーシア人」 といわれる、
オーストラリア先住民やニューギニアに住む人々の骨格に近いということです。

ピンザアブ洞人は、南太平洋の広い地域で生活する人々が持っていた数多くの知識や能力を持って宮古島に来たと考えられます。
(上の写真は、宮古島キッズネットがオーストラレーシア人やワジャク人の特徴を合わせ、独自に合成した参考写真です。)
 
10. ピンザアブ洞人は、どのようにくらしていたのでしょうか?
 
 
 
ピンザアブ洞人は、ヤリやナイフ、オノなどの石器の作り方はすでに知っていたと考えられています。

また、宮古島には大型の動物がいなかったため、狩(か)りも集団でなくてもできたので、それぞれが家族や小さなグループで洞窟を見つけ暮していたのではないでしょうか。
ピンザアブ洞人
また、ピンザアブ洞人の祖先にあたるジャワ原人は、50万年前にすでに火を使うことを知っていたということですから、シカなどの動物や魚などを焼いて食べるなど、調理をしていた可能性もあります。 

1989年の調査では木炭の破片も見つかっているので、今後の調査で炉(ろ)の跡(あと)などが見つかると、当時の生活の様子がもっとよくわかるようになるはずです。

この時代の一番大きな動物は今は宮古島にいないミヤコノロジカで、肩までの高さが 120cm くらいで、頭の先までは 170cm くらいあったと考えられています。

洞窟から一番多く骨が見つかっているミヤコノロジカは、ピンザアブ洞人にとって最高のごちそうだったのかもしれません。 
 
11. ピンザアブ洞人は、今宮古島に住む人たちの先祖なのでしょうか?
  その答えは、まだわかりません。 
今からおおよそ1万5千年前に最終氷河期といわれた氷河期が終わり、北の海と大陸の氷が溶けた時に海水が増して、宮古島の半分くらいは海に沈んだといわれています。

その時、ピンザアブ洞人は生き延びることができたのでしょうか?
また、他の縄文人といわれる人々が移住をしてきて、ピンザアブ洞人は滅ぼされたのでしょうか?
あるいは、共同で生活をすることで文明を発展させてきたのでしょうか?

残念ながら研究者の人たちがこれまでに手に入れることのできた資料が少なく、これらの答えを出すことができません。

今後の調査で、ピンザアブ洞人と私たちのつながりがわかる大切な資料がたくさん発見されることを期待しましょう。

 
    参考資料:
ピンザアブ洞人をまとめるにあたり、以下の資料を参考とさせていただきました。
1. 国立科学博物館 
2. Pleistocene Human Bones Found at Pinza Abu (Goat Cave) Miyako Island:
  Hajime Sakura
3. ピンザアブ洞穴と南琉球の旧石器文化: 小田静夫

 
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