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宮古島の民謡

 
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なりやまあやぐ 漲水ぬクイチャー 根間の主 ばんがむり
鬼虎ぬ娘のあやぐ    
 
       
 

 宮古島を代表する素晴らしい民謡の意味や時代背景を、子どもにも分かりやすく解説するのが、宮古島キッズネットの 「民謡の広場」 です。

 歌の持つ意味や魅力、時代背景をより分かりやすい現代語表現で説明しています。 子どもたちに、宮古島の民謡がもつ素晴らしい文化的価値を再認識し、同時に先祖への理解を一層深めてもらうのが目的です。

 そのため、 歌の内容を "単語ごとにそのまま現代語に置き換えたのでは、子供たちに状況が分かりずらい部分" については、時代背景を踏まえながら "その中で描かれる情景を、子どもたちにより分かりやすいように表現する手法" を採用しています。


 1940年出版の 「民謡覚書」 の中で柳田国男は、「宮古島のアヤゴで面白いのは、伝承者によって次々に歌い変えられており、歌は保存や記録のためだけではないことを証明している。」 とあります。 宮古島の民謡は、歌によっては様々なバージョンがあり、それぞれの時代に合った歌詞で多くの人々を共感させる内容となっています。 中には、歌い継いでいる間に歌い手の勘違いや間違えて覚えたことで、時代をよりはっきりと反映させた歌詞になっていたケースもあります。

 また、稲村賢敷は宮古島庶民史の中であやぐの歌詞の構成について 「我々の先祖は、悲しみや苦しみをそのままの言葉では表現しなかった」 と語っています。

 ここが、私たちが民謡を解説するする上で最も重要なポイントです。 当時の社会環境、生活環境を反映させながら歌詞に込めた 「本来の意味」 や 「本当の思い」 は、単に現代の単語にそのまま置き換えただけでは伝える事ができません。 これらの時代背景を検証し、より多くの 「意味」 や 「思い」 を探り未来の子供たちに伝えることも、完全な形ではないにせよ、多くの元歌や替え歌がまだ残っている今のうちに行うべき作業のひとつではないでしょうか?

 いずれにしても、それらすべてのバージョンや民謡の歌詞の全てが、宮古島の人々の思いが込められた大切な歴史資料です。 宮古島キッズネットでは、 現在ほとんどの民謡の原型が記録として残されていないかぎり、そのすべてのバージョンが発達途上の歌詞であり、評価値や重要度は同じと考え 「正調がどれ」 とか 「正しい歌詞はどれ」 のような紹介の仕方はせず、子供たちに伝えたい内容や、より多くの物語性や歴史的背景を含むバージョンがあれば、それを優先的に紹介します。

     
       
 

豊年の歌

「豊年(ほうねん)の歌」 は宮古島を代表する民謡のひとつで、 "ゆうやなうれ(世や直れ)" という歌詞がくりかえし出てくるのが特徴(とくちょう)です。
"ゆうやなうれ" を漢字にすると "世や直れ" になりますが、歌の中での意味は、"社会や政治をよくする" といったイメージより、 「豊作だったらいいね」とか、「うまくいくといいね」 といったように、「自分達のまわりの生活が良くなりますように」 との願いを込めて歌っていたものと考えられます。

また 「豊年の歌」 は、12番まで続く長い歌です。 歌詞の中には税金を取り立てるお役人を皮肉ったりもしていますが、昔の人が何よりも大切にしてきた神様への感謝の心、親戚だけでなく村の人たち全体を大切にしてきたことなど、宮古島の昔の人たちが 「みんなの生活がよくなりますように」と、毎年祈るような気持ちで作物を植え、育てていたことがよく分かります。

「豊年の歌」には、"おそ弾(び)き" と "はや弾き" のふたつの歌い方があります。 "おそ弾き" は豊作を願い、しっとりと祈るように歌います。 
"はや弾き" は収穫出来たことを感謝する、喜びにあふれた歌い方です。

 
 
歌詞 歌の内容

1
くとぅすから ぱずみゃよしよ(サァサァ)
みるくゆーぬ なうらば ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ

1
今年まいた作物が豊作(ほうさく)
になれば、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
2
んなままき あわぬどよ(サァサァ)
じゅうがつまき くみぬど ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆやなうれ
2
今まいた粟(あわ)や十月にまいた
米が実れば、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
3
すだますず なうらばよ(サァサァ)
まだますず みぬらば ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
3
数珠玉(じゅずだま)くらい大きくなって
よく実れば、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
4
うしゅぐも つつきうさみよ(サァサァ)
てんぐもつ ぱりうさみ ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
4
お偉い方に年貢を納(おさ)めて
天から授(さず)かった物を貢(みつ)ぎ納めたら
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
5
搗納みぬ余ずやよ(サァサァ)
ばり納みぬ残ずや ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
5
年貢(ねんぐ)を収(おさ)めても余り
貢を納めても残るなら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
6
粟俵やぴだつしよ(サァサァ)
米俵やくさてぃあし ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ

6
粟の俵(たわら)は積み上げて
米の俵は腰あてに使えたら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
7
ぴだつしぬ余ずやよ(サァサァ)
くさてぃあしぬ残ずや ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
7
積み上げても栗俵が余り 腰あてを
作っても米俵が残るなら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
8
粟ぬ神酒たりぅとぅりよ(サァサァ)
米ぬ神酒たりぅとぅり ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
8
粟でお酒を造り 米でお酒を造って
神様にお供えできたら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
9
地頭ぬ主やお供しよ(サァサァ)
目差主やつかいし ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
9
村長と役人をお迎(むか)えして宴会
(えんかい)ができたら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
10
地頭ぬ主やゆなうすよ(サァサァ)
目差主や中皿 ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
10
村長はたっぷりもてなし 役人は中皿で
もてなしたら、 暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
11
親類皆お供しよ(サァサァ)
村や皆つかずし ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
11
親類(しんるい)と村人を皆集めて宴会
(えんかい)ができたら、暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
12
昼七日飲み遊ばよ(サァサァ)
夜七日飲みあすば ゆうやなうれ
よいてぃば よいだきよ(サァサァ)
すぅるいどぅ かぎさぬ ゆうやなうれ
12
昼も夜も7日、7晩飲んで楽しめたら
暮らしもよくなるよ
色々揃えることができて
暮らしも良くなるよ
   
メモ:「 色々揃えることができて」 の部分は、「皆がこうして揃っているのを見るのは嬉しいこと」 とか 「みんなの着物を揃えることができたら」 などの解釈もあります。 詳しくは、下の "ご家族の皆さまへ" をお読みください。
 
 

ご家族の皆様へ:

「豊年の歌」
現代語訳について

豊年の歌が歌われ始めた時代背景を考えると、人頭税により島民はとても貧しい生活をしていました。

宮古島という小さな社会集団なのに、信じられない位上下関係の厳しい階級社会の底辺に生きた人々の歌うあやぐの歌詞には、現代社会に住む私たちには気付きにくい思いが多く込められています。

私たちが、宮古島のあやぐについて子供たちに語る時、「昔の人たちは何を思いながらその歌詞にしたのだろうか?」 も共に伝えてあげたいと思います。

「豊年の歌」の現代語表記で私たちが最も考えさせられた部分が、この民謡のタイトルと理解している人も多い 「世や直れ(ゆうやなうれ)」 です。

単純に生まれで身分の差が決定され、しかも大人になっても階層マタギという形での出世や自らの努力で社会的地位を高めることの許されない人々にとって 「世」 という言葉は、どのようなイメージで使っていたのでしょうか?

決して島の社会全体を意味したものや観念的な社会ではなく、悩み苦しむ現実の中で残されるのは、「自分たちの厳しい日々の暮らし」 が 「世」 の全てであったはず。 その時代の人々にとって男女、年齢に関係なく 「世や直れ」 は 「生活が良くなるように」 だったはずです。

もうひとつ、私たちが考えさせられた歌詞が 「揃いどぅ美さぬ(するいどうかぎさぬ)」 という言葉。

そのまま現代語で書くと 「皆がそろって美しくなる」 とか 「皆がそろて綺麗になる」 なのでしょう。 これを、古語辞典的な解釈では 「皆がこうして揃っているのを見るのは嬉しいこと」
ともいえます。

ところで、これまで見た解釈の中に、「皆でおそろいの着物を着ることができて」 というのがありました。

当時の人々の日常生活や生活環境を考えてみましょう。 家はススキやスゲなどの茅で囲った掘っ立て小屋で、床は土間、寝る部分に蓆(むしろ)をひいているが、 家具と呼べるものもほとんどない状態でした。

着る物も、年中通して着古した単衣の着物で、冬でも裏地付の袷の着物を持っている人は少数でした。 また、 多くの家では外出する時のよそ行きの着物は1着しか持てず、家族で着まわしていました。 このような時代を生きていた人々にとって、「揃えることが出来たら嬉しい」 と感じることが出来るのは、家具や調度品、アクセサリーでなく 「家族のために新しい着物を揃えることができたら、どんなに嬉しく晴れやかなことか」 との思いが強くあったのではないでしょうか。

ページトップでも紹介したように、稲村賢敷は宮古島庶民史の中で、あやぐの歌詞の構成について 「我々の先祖は、悲しみや苦しみをそのままの言葉では表現しなかった」 と語っています。

あやぐが作られた当時の社会環境、生活環境を反映させながら歌詞に込めた 「本来の意味」 や 「本当の思い」 は、単に現代の単語にそのまま置き換えただけでは伝える事ができません。 これらの時代背景を検証し、より多くの 「意味」 や 「思い」 を探り未来の子供たちに伝えることも、完全な形ではないにせよ、多くの元歌や替え歌がまだ残っている今のうちに行うべき作業のひとつではないでしょうか?

これらの理由から、私たちは 「揃いどぅ美さぬ」 の部分については 「みんなの着物を揃えることができたら」 との解釈も合わせて残しておきたいと考えます。
 
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